佐伯守美 練込・象嵌の心象風景

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佐伯守美
練込・象嵌の心象風景

上:「練込象嵌枝垂桜文陶板」42.7×32cm 下:「象嵌釉彩樹林文花瓶 桜」高さ19cm、18×9.5cm

上:「練込象嵌枝垂桜文陶板」42.7×32cm
下:「象嵌釉彩樹林文花瓶 桜」高さ19cm、18×9.5cm


房は、益子の北に位置する芳賀町の小高い丘の一角にある。練込を背景に、主要テーマにしている樹林などを数種の化粧土で象嵌し、さらに全体を釉彩する。その樹林文は、目の裏に焼き付けられた佐伯氏の心象風景である。

彫ることを軸にして制作
林文で知られる佐伯守美氏は、1949年栃木県宇都宮市に生まれた。志していた陶芸家の道をあきらめることができず、71年に武蔵野美術大学商業デザイン科を中退し、東京藝術大学工芸科に入り直すという経歴を持つ。
2年のときに韓国を訪れ、象嵌技法による青磁に心を奪われた。象嵌とは、陰刻したり押印したりした文様に化粧土を埋め込み、はみ出た部分をけずり取って文様を現わす技法。韓国の象嵌青磁は高麗時代に始まり、雲を背景に鶴が飛んだりまた花弁をあしらったりした「飛雲舞鶴」文様がよく陰刻されている。最盛期は12世紀後半から14世紀初めまでで、やがて李朝の三島に引き継がれた。
嵌青磁と出合い、佐伯氏は象嵌技法に打ち込んだ。卒業制作では「象嵌壺」を発表し、サロン・ド・プランタン賞を受賞。その底流には、幼いころから木版画に親しんできたという事実が存在する。
刻家である父親の留守夫氏は、異国情緒あふれる版画をつくって棟方志功に認められた版画家の川上澄生(1895~1972)と同僚。佐伯氏は川上とともに版画も制作していた父親の影響を強く受け、陽刻と陰刻の違いはあるが、彫ることを軸に制作活動を展開しているのである。

樹林や桜をテーマにする
77年、東京藝術大学大学院陶芸専攻を修了した佐伯氏は、益子の塙陶苑に入社し、81年に独立して芳賀町給部で工房を開いた。給部は益子の北に約20kmのところにあり、宇都宮とほぼ同じくらいの距離。益子や宇都宮から程よく離れた給部に仕事場を定めたのは制作に没頭するためだった。
伯氏が生まれ育った宇都宮の東側には、緩やかな起伏の丘陵が広がる。その一角には御料牧場があり、それを取り囲むように防風林が点在する。強い季節風による被害を軽減するために家屋や田畑の周囲に植えられた防風林は、佐伯氏が幼いころからよく目にしていたものだ。しかし、宇都宮と給部を往復する生活が始まり、防風林やその間からもれる夕日を目にしているうちに、樹林の風景が新たなテーマとなった。
部に工房をすえてから一貫して樹林を象嵌してきた佐伯氏は、練り込んだ色土を使って素地の背景を表現している。幼いころの原風景をよりリアルに表現するためだが、さらに釉掛けでは数種類を吹き掛け、そのイメージをより確かなものにしている。
まり佐伯氏の作品は、練込、象嵌、釉彩の技法を基本にして制作されているわけだが、近年は「桜」をテーマにした樹林文で新境地を開拓した。工房では、そうした佐伯氏の心象風景を表現するのに必要な色土などの素材の研究が同時進行している。

SAEKI MORIYOSHI PROFILE
1949年 彫刻家佐伯留守夫の長男として宇都宮に生まれる
1975年 東京芸術大学工芸科陶芸専攻卒業。サロン・ド・プランタン賞受賞
1976年 国際陶芸展「象嵌焼き〆広口壺」、 第23回日本伝統工芸展「象嵌線紋壺」初入選
1977年 東京芸術大学大学院陶芸専攻修了
    「掻落し芙蓉文大皿」東京芸術大学大資料館買上げ
1978年 栃木県芸術祭工芸部門「象嵌壺」芸術祭賞受賞
1980年 日本工芸会正会員となる
1981年 栃木県芳賀町給部で独立し築窯
1983年 「今日の日本陶芸」(ワシントン・スミソニアン博物館、ロンドン・ビクトリア&アルバート美術館)出品
1987年 東京芸術大学非常勤講師となる(~2001年)
1988年 第28回伝統工芸新作展「白掻落し山帰来文鉢」奨励賞
    国際陶芸展「練上象嵌樹木文壺」優秀賞受賞
1989年 栃木県文化奨励賞受賞
1990年 マロニエ文化賞受賞
1991年 第31回伝統工芸新作展「練込象嵌樹木文扁壺」東京都教育委員会賞受賞
1994年 栃木県芸術祭工芸部門審査
1995年 第35回伝統工芸新作展審査委員
1996年 第36回伝統工芸新作展審査委員
    栃木県芸術祭工芸部門審査委員
1997年 栃木県芸術祭工芸部門審査委員
1998年 第38回伝統工芸新作展鑑査委員
2001年 文星芸術大学非常勤講師となる
2002年 第42回伝統工芸新作展鑑審査員
    「象嵌釉彩樹林文扁壺」宮内庁買上
    第4回益子陶芸展審査員特別賞受賞
2004年 大滝村北海道陶芸展金賞受賞
    第66回一水会陶芸展一水会賞受賞
2005年 第67回一水会陶芸展佳作賞受
2006年 第46回伝統工芸新作展審査委員
高島屋、寛土里、黒田陶苑、藤野屋、銀座和光などで個展を多数開催