杉浦康益
より写実的に
「焼き物は石」という教えを元に、オブジェ陶の制作を開始。神奈川の真鶴半島にアトリエを構えてからは、周囲の環境や草花に啓示を受け、存在感と生命感がみなぎる作品領域に到達した。
焼き物は石
神奈川・真鶴半島の深い木立に囲まれたアトリエで、妻の裕子さんとともに作陶している杉浦康益氏は、1949年東京の下町に生まれた。東京藝術大学では陶芸を専攻し、藤本能道、田村耕一、浅野陽らのそうそうたる伝統工芸作家に指導を受けたが、「焼き物は土が石化したもの」という教えに制作意欲が大きく刺激された。もともと伝承的な工芸の世界に違和感を感じていた杉浦氏は、道ばたで拾った石を1万個型起こしし、それを卒業制作作品として提出。杉浦氏のかたくなな制作姿勢を感じ取った教授陣は、卒業をしぶしぶ認めた。
当初は路傍の石がモチーフだった「陶石」は、時間が経つにつれて次第に大きくなった。2年後の1977年には河原の石、84年には岩となって「びわこ現代彫刻展」の大舞台でデビュー。圧倒的な存在感と写実的な地肌で、鮮烈なインパクトを与えた。
この連作はさらに巨大化した。2003年滋賀県陶芸の森では1カ月ほどかけて公開制作し、登り窯で焼成する機会に恵まれた。灰が掛かって小松石のような質感と色合いになり、リアル感はいっそう高まった。
徹底したリアリズム
「陶岩」後に手掛けたのが、「陶の木立」シリーズ。陶製の柱やブロックを木立に見立てて無数に積み上げたもので、真鶴の工房を取り囲む防風林が発想の原点だ。新潟・十日町の妻有トリエンナーレに、「風のスクリーン」「風の砦」として出品され、設置された。70年代の以降に一般化するインスタレーション作品だが、残念なことにこの東日本大震災で崩壊した。
オブジェ陶作家としてスタートした杉浦氏だが、器を手掛けたこともある。「陶の木立」とほぼ同じ頃のことで、それまでできなかった色付けをやってみたい、というのが動機だった。目指したのは、杉浦氏が旅先で見てますます好きになったアフリカの織物やフレスコ画のようなテイスト。塗った化粧土や下絵具を金ブラシでけずり落とし、かすかな痕だけを残すという色彩文器だったが、次第に面白味が感じられなくなり見切りをつけた。
杉浦氏はアトリエの周囲で、多種多様の草花を育てている。葛飾の実家には比較的花や木が多く、それに身近に接して育ったためで、真鶴ではみかんの木を切り山野草などを移植した。そんな草花を見ては楽しみ、さらにルーペでのぞき込んだとき、その構造がかなり造形的で、存在感があることに気づいた。焼き物に適したモチーフだと直感した杉浦氏は、すぐにその準備に取り掛かった。しかし、そのやりかたは尋常ではない。
咲いた花をモチーフにするときはまず、その花の見ごろの季節にじっと観察する。次に、その花がいちばん輝いたときを見極めて写生する。と同時に、もう一つをていねいに解体し、その形や構造がどうなっているかを詳細に調べて頭に中に入れる。そして。その草花や木の実などの生命力がいちばん力強く輝いているときを捉えて花びらやしべなどをパーツ化し、それらを組み合わせて一つの花にしていくのだ。
このシリーズは、「陶の博物誌」などとして2000年から発表されてきたが、ひまわりは枯れて実を結んだ大きな種を主題にすえるなど、杉浦氏の徹底した観察が貫かれている。そしてそれをリアルに表現することにより、作品の存在感や生命感がいっそう高まっている。
杉浦氏の最新作は「西アフリカ」シリーズ。20代の頃から世界中を旅してきた杉浦氏が、現地のエネルギーに感銘を受けて取り組んでいるモチーフだ。存在感のある焼き物を等身大で手掛ける、それが杉浦氏の制作スタイルで、今後も写実的な方法で作品のバリエーションを広げたいと考えている。
SUGIURA YASUYOSHI PROFILE
1949年 東京・葛飾に生まれる
1975年 東京藝術大学大学院陶芸専攻修了
1977年 日本陶芸展入選
1978年 日本国際陶芸展(大丸)
1982年 現代日本陶芸展(国際交流基金主催、イタリア巡回)
1984年 神奈川県足柄下郡真鶴町に築窯
びわこ現代彫刻展「陶による岩の群」出品
1985年 第4回ヘンリー・ムーア大賞展
1994年 個展(かねこ・あーとギャラリー)で「陶の木立」を出品
「陶の木立 林間—有機空間」(愛知県立陶磁資料館)
1995年 個展(寛土里)で彩文の器を出品
1997年 「杉浦康益 陶の岩・陶の木立」(キリン横浜ビアビレッジ)
2000年 個展(日本橋三越)で木の実や静物などを
モチーフにしたオブジェを出品
2005年 「陶による大地の恵みを謳う 自然の息吹とかたち」
(神奈川県民ホールギャラリー)
2006年 「陶の植物園」(智美術館)
「風のスクリーン」(越後妻有アートトリエンナーレ)
2007年 第14回日本現代藝術振興賞(日本文化芸術財団)
2009年 「風の砦」(越後妻有アートトリエンナーレ)
2012年 「西アフリカ逍遙」(寛土里)