第17回パラミタ陶芸大賞展
2023年6月8日(木)〜7月30日(日)
パラミタミュージアム
三重県三重郡菰野町大羽根園松ヶ枝町21-6
059-391-10880
全国の美術館、画廊、美術評論家が推薦した「時代を代表する陶芸家」のなかから、上位6名をノミネートして作品を展示し、来館者による投票によって大賞を決めるという展覧会。17回目を迎えた今年は、6月8日から7月13日が投票期間で、7月23日に大賞発表が行われ、大賞賞金100万円が授与される。
今年の出品作家と作品は以下のとおり。
|
|
|
|
|
|
河本五郎-反骨の陶芸
2023年4月22日(土)〜8月20日(日)
菊池寛実記念 智美術館
港区虎ノ門4-1-35 西久保ビル
03-5733-5131
1919年製陶業を営む柴田家の次男として瀬戸市に生まれる。36年愛知県窯業学校を卒業後、京都国立陶磁器試験所意匠部に入所。46年復員し、兄と家業を再建し、50年染付陶芸家・河本礫亭の養嗣子となる。同年加藤(岡部)嶺男、加藤元男らと陶芸グループ「灼人」を結成し、53年第2回現代日本陶芸展最高賞(朝日賞)受賞。58年ブリュッセル万国博覧会グランプリ、59年カリフォルニア国際博覧会最高デザイン賞(金賞)、62年第1回日本現代工芸美術展大賞、同年新日展特選北斗賞、65年西ドイツ国際手工芸展特別展金賞を受賞し、86年に逝去。
河本は、幼少より瀬戸の窯業に身を置いたが、家業の伝統的な染付磁器とは異なる道を歩み、その制作は前半の陶器と後半の磁器に大きく分かれる。陶器では、土の粗い表情や裂け目、歪み、ひずみを生かし、様々な方法で素材感や物質感をダイレクトに造形化する作風を確立した。成形技法としてロクロに重きを置いた当時の瀬戸において、作りたいものに合わせて土や技法を選択、または開発する河本の姿勢は異質なものであった。
陶器から磁器に移行してからは、瀬戸の染付磁器やそのルーツとなる中国陶磁をもとに、現代的な独自の染付と色絵に取り組み、現代における陶芸を追求した。その成果は、国内だけでなく国際的にも高く評価されており、本展は東京で開催する没後初めての回顧展となる。陶磁器を表現素材と捉え、その創作に真摯に向き合った初期から晩年までの70余点の展覧。
|
|
|
|
|
|
1958~ 益子個人陶芸の夜明け展
2023年4月16日(日)~7月17日(月)
益子陶芸美術館/陶芸メッセ・益子
栃木県芳賀郡益子町大字益子3021
0285-72-7555
江戸末期に始まる益子焼は優れた陶土に恵まれ、東京という大消費地に近いこともあり、水甕や土瓶などの日用品の産地として栄えた。工業製品が流通するようになると一時衰退したが、1924年益子に定住し後に人間国宝となるは濱田庄司(1894-1978)が主導した「用の美」により益子焼は再び注目を集めるようになった。
55年頃になると、陶芸を志す若者が数多く訪れるようになったが、それに拍車を掛けたのが、塚本製陶所(現、株式会社つかもと)の研究⽣制度だ。⽇中は従業員と同じ仕事をこなし、終業後は夜10時までは同じ⼯場でろくろなどの勉強ができたというこの制度は93年まで続き、100名を超える研究⽣を輩出している。そのひとりに加守⽥章⼆がいる。茨城県の⽇⽴製作所派遣研修⽣であった加守⽥は、58年に益⼦に移り研究⽣となった。
本展は58年から70年頃に研究⽣として益⼦に⼊った加守⽥章⼆をはじめとする⽩⽯嶈、瀬⼾浩、廣崎裕哉、武⽥敏男、菊池昭、鈴木量、ゲルト・クナッパー、松村仁団望、伊藤信らと、同時期に益⼦で作陶をはじめた⼩滝悦郎、松原直之、安⽥猛、⼤宮司崇⼈、吉川⽔城、⻑倉翠⼦、肥沼美智雄、髙内秀剛、成良仁らを紹介する企画展で、多くが益子陶芸美術館の所蔵する作品だ。
|
|
|
|
|
|